2010年9月1日 更新

大泉高校ラグビー部

昭和21年に呱々の声をあげた大泉高校ラグビー部は、すでに50年の歴史を超えている。平成8 年5月25日には、池袋プリンスホテルにおいてその式典と祝賀会を行った。そのとき積み残しとなっていたこの50周年記念誌が、若いOBたちの手によっ て、ようやく発刊にこぎつけることとなった。記念誌発刊まで会長交代を認めないといわれていた私にとっても嬉しいことである。
創部時代をはじめ、歴史の軌跡は各年次の方々の玉稿に委ねるが、この機会を借りて私の思い出を書き述べたい。
昭和26年4月、私は志望どおり大泉高校に入学することになった。道は、果てしなく遠くても甲子園につながっている。私は当時、硬式のボールを握る日を楽しみに、真新しいグローブを毎日磨いている野球少年であった。 それがラグビーに転向することになったのは、顧問だった門馬先生が強く入部を勧めた次の一言であった。「猫も杓子も野球部に入る。野球部では外野でボール拾いさせられているうちに一生が終わってしまう。ラグビー部に入れば、今度の日曜日の試合に出してやぞ。」 中学の時授業でラグビーって面白いなと思っていた。私は節操もなくその場で野球を捨てた。今にして思えば、私はその時人生最高の決断をしたのである。

次の日曜日 、 小山台高校との試合が私のデビュー戦となり、それからご存知の通り、私のラグビー人生が続くことになった。私をラグビーと結びつけてくれた門馬先生、そして大泉高校にラグビーの種をまいてくれた諸先輩たちが、私の人生の恩人なのである。

これからも若い人たちにラグビーの魅力を教え続けるため、 永遠に不滅の大泉高校ラグビーであること心から念願している 。



日比野弘氏(高校6期)
「日本ラグビー協会名誉会長」
昭和21年 東京府立20中4年生有志により創部。顧問清水瑞秋先生
昭和23年 正式に運動部として認知される。門馬栄治先生、原田肇先生顧問となられる。
多田氏(東大出身フッカー)コーチとなられる。
昭和24年 グランド開きの記念試合を城北高校を招いて行う。ユニフォームができる。
デザインは清水先生の母校文理大(現筑波大学)を基にしている。

第29回全国高校大会東京予選優勝(東京都代表)
12月関東代表決定戦高崎高校に0-19と破れ花園出場逸す。
昭和25年 OBクラブ発祥する。
昭和26年 佐々木望先生顧問となられる。
昭和27年 堤治美先生顧問となられる。
昭和28年 第1回関東大会出場 熊谷商と対戦、3-3で引き分ける。
昭和29年 部員不祥事により、第2回関東大会出場辞退する。
昭和30年 第3回関東大会出場。9-6で水戸農を下す。
昭和31年 第4回関東大会出場。14-8で甲府工業を下す。
昭和32年 第5回関東大会出場。12-5で熊谷商を下す。
昭和33年 第6回関東大会出場。14-6で宇都宮農業を下す。
昭和34年 第7回関東大会出場。15-3で日川高校を下す。
昭和35年 第8回関東大会出場。48-6で桐生商を下す。
昭和36年 第9回関東大会出場。6-14で作新学院に敗れる。
昭和37年 第10回関東大会出場。9-3で日立一高を破る。
昭和38年 第11回関東大会出場 渋川工業と対戦、8-6で下す。
昭和41年 第14回関東大会出場。11-3で佐倉高を下す。
昭和43年 堤先生、豊多摩高校に転任される。青木先生、佐々木先生顧問となられる。グランド大改修始まる。
昭和44年 山谷敬之先生、顧問となられる。
昭和46年 浅野哲郎先生、顧問となられる。
第19回関東大会。14-11で甲府工業を下す。
昭和47年 第20回関東大会出場。28-4で千葉東を下す。
第52回全国大会予選において城北高、明法高、本郷高、三鷹高、青山高
を連破し決勝で目黒高と対戦、10-64で敗れ花園出場を逸す。
東京都予選第一地区準優勝
昭和49年 初代顧問、清水瑞秋先生逝去される。
昭和51年 第24回関東大会出場。18-4で日立一高を下す。
昭和53年 第26回関東大会出場。12-28で和光高に敗れる。
昭和56年 豊島志朗氏OB会幹事長となる。
昭和57年 創部35周年記念として招待試合を小石川高校と行う。(第1回定期戦)
昭和58年 第2回小石川高校定期戦。
昭和59年 第3回小石川高校定期戦。
昭和60年 第4回小石川高校定期戦。
昭和61年 藤原満先生、顧問となられる。
創部40周年の記念祝賀会をサンシャインプリンスホテルで催す。
日比野弘氏(高校6期)がOB会会長となる。赤松俊雄氏(高校15期)が幹事長となる。
第5回小石川高校定期戦。
昭和62年 1月新人戦より4月春季大会3回戦まで14連勝する。
小石川高校、創部40周年記念祝賀会を催す。
第6回小石川高校定期戦。
昭和63年 第7回小石川高校定期戦。
平成 1年 第8回小石川高校定期戦。
平成 2年 第9回小石川高校定期戦。
平成 3年 第10回小石川高校定期戦。
定期戦の記念盾を製作、高校ラグビーに功績を残された堤先生のお名前を冠し、「堤杯」と称する。
平成 4年 第11回堤杯。
平成 5年 第12回堤杯。
平成 6年 秋田遠征。秋田高校と対戦する。
第13回堤杯。
秋田高校創部70周年記念招待試合50-17で快勝する
平成 7年 第14回堤杯。
平成8年 鎌田重行先生、顧問となられる。
創部50周年記念祝賀会を池袋プリンスホテルにて催す。
第15回堤杯。
平成9年 豊多摩高校ラグビー部、創部50周年の祝賀会を催す。
秋田高校、東京遠征。大泉招待試合を行う。
第16回堤杯。
小石川高校ラグビー部、創部50周年の祝賀会を催す。
平成10年 第17回堤杯。
平成11年 第18回堤杯
平成12年 第19回堤杯
平成13年 第20回堤杯
平成14年 第21回堤杯
平成15年 第22回堤杯 21-7で小石川高校の勝利。
7月酒井陽三氏(高校18期)が幹事長となられる。
平成16年 尾高英樹先生、顧問となられる。
第84回全国大会予選第一地区ベスト16進出
平成17年 第24回堤杯
平成18年 創部60周年記念祝賀会を池袋サンシャインシティプリンスホテルにて催す。
創部60周年記念試合を小石川高校と慶應大学グラウンドで行う。(堤杯第25回)
第86回全国大会予選第一地区ベスト16進出
平成19年 第26回堤杯
平成20年 公立高校ラグビーフェスティバル20周年記念大会が秩父宮ラグビー場で行われる。
第27回堤杯
春季大会3回戦進出
平成21年 藤田健太郎先生、顧問となられる。
第28回堤杯
春季大会3回戦進出